トサカ文庫『戯曲アルセーヌ・ルパン対ハーロック・ショームズ』
【2020年4月14日】トサカ文庫から『戯曲アルセーヌ・ルパン対ハーロック・ショームズ/Arsène Lupin contre Herlock Sholmes』(1910年10月 パリ、シャトレ劇場にて初演モーリス・ルブラン 原作 ヴィクトール・ダルレ/アンリ・ド・ゴルス 作 萩原 純 訳)が発売されました。
『戯曲アルセーヌ・ルパン対ハーロック・ショームズ』とは
ルブラン先生公認の、当時の戯曲作品だそうです。読み味としてはコメディで、ルパンやホームズの原典のようなミステリ的な知的トリックがあるわけではないものの、しかし随所で思わず笑みがこぼれるような、楽しいエンターテイメント作品……と言ったところ。
ルブランとフランシス・ド・クロワッセとの共著の、有名な『戯曲アルセーヌ・ルパン』(拙作『怪盗ルパン伝アバンチュリエ』では『公妃の宝冠』というサブタイトルで描いてます)とはまた別ものですね。あちらはルブラン先生ご本人が手掛けている事もあり、僕のアバンチュリエ解釈上では一応ルパン年表上に組み込むことができたのですが、この『戯曲アルセーヌ・ルパン対ハーロック・ショームズ』の方は原典とは矛盾が大きく、ちょっと難しい。とても面白かったので『怪盗ルパン伝アバンチュリエ』でも描いてみたいと思ったんだけど、やっぱり無理かなあ。
この作品はその名の通りイギリスの名探偵ハーロック・ショームズ(もちろんあのシャーロック・ホームズのパロディ)との初対決を描いたもので、そういう意味でもまず原典と矛盾します。最初にガニマール警部と対決し、ダイヤが盗まれ、その後ハーロック・ショームズと鉢合わせるあたり、構成としても位置付けとしても原典の『金髪婦人』にちょっと近いとも言える。が、出てくるキャラクターもルパンの変装も細かい流れもかなり違っていて、完全に別作品に再構成したものとして新鮮で楽しい。特に僕は、標的のひとりの金持ちが「ナジャール・パシャ」というちょっと面白いキャラのトルコの要人なのが、原典にはない雰囲気で面白かったです。もう一人の標的であるユダヤの富豪のゴットリープとその妹レベッカは、まさに『戯曲アルセーヌ・ルパン』のグルネイ・マルタンとジェルメーヌ……という風情ではあるけども。そういう意味では『金髪婦人』だけではなく、『戯曲アルセーヌ・ルパン』の要素や『奇巌城』を思わせるお宝と場面も出てきたりなど、それまでの作品の要素を詰め込んだような舞台劇とも言えるかもしれないですね。大活躍をするショームズの息子のフレッドは、少年探偵イジドール・ボートルレ君を連想しましたし。
さて、僕たち現代のルパンマニアから見てのこの作品の特筆すべき点は、何より『続813』のラストで名前だけ出てきた謎のヒロイン、「ミス・クラーク」が誰なのかがわかること。クライマックスで出てくるルパンの愛したヒロインたちの名前のひとつであるにもかかわらず原典には他のどこにも出てきていないので、僕も昔から「これは誰だ?」「誤植では?」「クラリス…ではなく?(彼女の出てきた『カリオストロ伯爵夫人』はこの『続813』時点では当然書かれていないのですが)」……とずっと気になっておりました。が、なんと、当時上演されていた舞台のヒロインだったとは…! ルブラン先生のサービス精神だったのでしょうか。
この辺りの事情は、この本の巻末に掲載されている、訳者でありルパン研究家の萩原純さんの解説に詳しいです。原書の入手の経緯の長い道のりを読むと、そのご尽力とルパン愛に、一ルパンファンとして感謝の念に堪えません。
この巻末の解説はとても資料性が高く、面白く、この解説を読むだけでも、ディープなアルセーヌ・ルパンファンには価値があり必見です。是非是非読んでみてください!
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